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この前宮崎監督の映画「風立ちぬ」を久しぶりに観たらカプローニ伯爵が「この世は夢」と言っていました。
そしてぼくは唐突に思いました。「夢とはラブコメだ」「ラブコメは美しい夢だ」「私は恋はしない、いやできない!だからわたしはラブコメになったのだ!」

カプローニ伯爵の言葉は僕にこの世界の真理を教えてくれた気がしました。

論理の飛躍甚だしいですがこれについてこれないようでは激しい世間の波についていけませんよ。
ラブコメ的人生の寿命は十年です。君の十年を、力を尽くして生きなさい。

ラブコメとはなにか
恋愛ものでしょうか?ぼくは違うと思います。恋愛ものが全てラブコメというのは幻想です。

例えば有名な少年漫画「ドラゴンボール」
ぼくはこの作品はラブコメだと思います。

そういう意味では僕に言わせればラブコメをしていない少女漫画なんていっぱいあります。

キャッキャウフフイチャイチャしていればラブコメというのは玉を板状のもので打てば卓球だというくらい暴論です。それではテニスも羽子板も金的キックも卓球です。

ラブコメには外してはいけない要素があります。
それは何かに対する強烈な憧れです。
例えばドラゴンボールで強さに激しく憧れライバル関係になる悟空とベジータ。これはラブコメです。
「風立ちぬ」においてラブコメが起こっているのは、二郎と菜穂子の間ではなく、二郎とカプローニ、或いは美しさへの憧れ の間です。

そういう意味では多くの少女漫画とそれを読む女子もラブコメしているでしょう。
女の子が「恋愛」に対して強烈に憧れコンプレックスすら抱く感情はラブコメです。

登場する男女が互いを対象としてラブコメが起こっている作品は稀です。
多くは「恋愛」に対する強い思い、自分の中のイメージ、など、それを実現するために恋愛の場合人間の相手が必要であるということです。その相手は生理的に好ましいやつである必要があるので、その相手を探し個人的なラブコメを達成する様がドラマになるのです。

「恋愛」=「ラブコメ」ではないことが少しわかっていただけたでしょうか。

恋愛も友情も自分の中の強いイメージです
その「ラブコメ」を達成するために恋愛や友情の場合自分と同じようなイメージに「ラブコメ」している気のあう相手が必要なわけです。

逆に言えば、男女交際が成り立つための「ラブコメ」の対象が「恋愛」であるとも限りません。
二郎と菜穂子は互いに美しく生き抜く事への憧れ強い想いを共有したから結婚したのです。ぼくはあの二人が「恋愛」「結婚」に憧れていたとは思いません(そりゃイチャイチャするのは楽しかったでしょうけど)。

戦国武将と家臣の間で男色が起こったのもある意味「ラブコメ」でしょう。
天下統一一国一城を治め出世する。その夢への強いイメージに「ラブコメ」しているのです。
同じ思いを共有すればそりゃ多少のエラーは起こります。可愛い顔した男はいっぱいいます。


はい。なにも僕は世の男女の恋愛を否定するためにこんなこと言ってるわけではありません。高校生女子なんてに「恋愛」してみたくて付き合うのがほとんどでしょうし、それだからダメとは思いません。かわいいし。男の子が脇の下舐めたいという強い想いの「ラブコメ」で同級生を射止めたのならそれだって立派な恋愛です。極論を言えば援助交際だって場合によっては恋愛だと思います。お金に対して、若さに対して、「ラブコメ」しています(やっちゃ絶対ダメだけど)。震災に遭った帰り道で意気投合し結婚してしまった夫婦のドラマもありました。あれだって別に素敵です。震災の熱が覚めて平和や安心感への「ラブコメ」が消失すると上手くいかない感じもドラマ性があっていいです。

ではどうして僕がこんな訳のわからない理論を組み立てたのか、説明させてください。

ぼくは全ての世代老若男女が「これは今の自分の物語だ!!!」「自分はこのためこれから生きていくんだ!!」
と思える恋愛青春ラブコメストーリーを描くという目標があります。

では全ての世代のひとが感動し自分のものと思える恋愛作品って?しかもはっきり「青春」って言ってんのにおっさんとか感動できんの?
その問の答えが上の「ラブコメ」論から導かれます。


「恋愛」に憧れる「ラブコメ」これは若い世代のものでしょう
「夢」に憧れる「ラブコメ」これも若いひと特有
「進路」「部活」「インターハイ」「コンクール」「おっぱい」「くるぶし」

こういったものもので「ラブコメ」すると感傷中毒者ホイホイの輪廻転生円環青春地獄が待っているだけです。

答えはズバリ「相手」に憧れる「ラブコメ」です。
相手の能力じゃありません。相手の容姿じゃありません。相手の思想じゃありません。
恋愛の「相手」そのものへの純粋な憧れ。恋愛をするために生きているようなよくある少女漫画とは隔絶したものです。
これであれば全てのひとが誰かを思い浮かべ重ね合わすことができるはずです。

正直自分でもよくわかりませんが論理的に到達した答えはこれです。
つまり必ずしも「幸福」にならないわけです。(恋愛とか結婚とか天下統一とかに「ラブコメ」しているひとは大体幸せになるのが目的です。)
いまは具体的な感情とか恋愛の形とかは想像がつきません。
そもそもこんな恋愛がありえるのか?という疑問があります。

しかしぼくは描きます。全てのひとが「これからの」自分の物語だと思えるような、青春恋愛ものの形式をとった作品を。


・・・
ぼくはとりあえずいまはもう一度「夢」とラブコメすることにしました。
具体的には世界一絵上手くなりたいです。しかしなにより「この世はラブコメ」。
自分のイメージの中の「世界一絵上手いひと」とラブコメするだけです。

みなさん、Let’sラブコメ!!








あちこち破綻した暴論に最後までお付き合いいただいたかた、本当にありがとうございました。恥ずかしいので忘れてください。
当たり前のことをわざわざ書いた感は否めません。
僕がこのブログを更新するのももうこれがほとんど最後でしょう。
最後がこんなんで恥ずかしい・・・
さようなら。
2016/09/23(金) 17:54 いちごの部屋♡ PERMALINK COM(0)
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